しっかり身支度を整え、用意していた品を手に立ち上がる。
弁慶が看病してくれたおかげで、なんとか咳も止まった。
薬を飲まなくても、昨日は大丈夫だった。

「…よし!」



――― さぁいざ行かん!



そんな気分で部屋を出ようとした瞬間…

さん?」

「わぁっ!!」

専属薬師さんとばったり☆

「何処へ行くんですか?」

勿論爽やかな笑顔つきだけれども、あの…目が、笑っていませんよ、弁慶サン。

「え、と…あの…」

持ってた物を後ろ手に隠して、一歩下がる。
すると弁慶が笑顔のまま、一歩足を進めて戸を……閉めたーっ!!

「身支度を整えて、何処かへお出掛けですか?」

「お出掛け、というか、あの…」

「まだ君の体調は万全ではないんですよ。昨日薬を飲ませなかったのは、容態が安定して来ていたからです。それなのに今無理をしては、また薬を飲まないといけなくなります。」

「いや、はい、その通りです…」

見えない耳と尻尾を垂れ下げて、弁慶の言葉に頷く。
うぅ、本当にその通りなんだよね。
昨日は大丈夫だったけど、今日も大丈夫…とは限らないし。

「それに今日は風も冷たい。外に出る事は君の体にいい、とは思えません」

「え?そうなの?」

外を見たら太陽が出てるし、空も青空だったからてっきり暖かいと思ったのに…寒いのか!

「北風が強いせいで、体感温度も低く感じるはずですよ。ここへ来るまでの間に…」

そう言って弁慶が手を差し出してくれたので、遠慮がちに触ってみる。

「冷たっ!!」

「僕ですらこの状態です。病み上がり…いえ、まだ体調不良の君が外に出る事は…」

「っていうか、弁慶、手、冷たすぎっ!!」

ただでさえ白い手が、この冷たさでより白さを増している気がする。
弁慶が何か言っていたにも関わらず、構わず両手で弁慶の手をぎゅっと握り締めた。
…が、あまり体温が高いとは言えないあたしの手では、温めるのにも限界がある。
手を擦り合わせ、尚且つ、はぁ〜…と息を吹きかけて必死で温めていたら、珍しく弁慶が吹き出した。

ぶっ…

「…べ、べんけぇ?」

「いえ…す、すいませ…ふふ…」

肩、震わせて笑ってるよ。
あたし、そんなにおかしな事、した?

「あぁ、困ったな…ふふ…」

「え?え?何?」

楽しそうに笑ってるのはいいけど、ここまで笑われるような事、あたし何したの?!
おろおろしながら弁慶が理由を説明してくれるのを待っていると、あたしが握っていなかった方の手が腰に回されそのまま抱き寄せられた。

「…君は、本当にいけない人だ」

「!?」

「折角君の身体を案じて、外へ出さないよう策を練ったのに…」



あ、あ、あ、あのっ
さっきまで笑ってたのに…
な、な、なんで耳元でこんないい声で諭されてるのでしょう!?




「…君は愛らしい仕草ひとつで、僕の策をすり抜けてしまう」

「そ、そんな事してないよ?!」

「ふふ、そう思っているのは君だけですよ。今だって、そんな可愛らしい表情を見せられたら、どんな願いでも叶えてあげたい…と、思ってしまいます」

いや、寧ろ弁慶が笑ってくれてる今、どんな願いでも叶えたいと思ってますけども…
そう思いながらも身動きできず、素直に弁慶の言葉に耳を傾ける。

「…けれど、今は…駄目です」

「え?」

「この冷たい風は君の喉に悪い影響しか与えません。退屈かもしれませんが、もう暫く…ここで、大人しくしていてください」

ここまで言われて、それでも動こうなんて人はいるんだろうか。

「お願いします…」

っていうか、そもそもあたしがこの部屋を出ようとしたのは…

「あ、あの!!」

「…どうしました?」

「あたし、弁慶に会いに行こうとしたの!」

「え…」

「弁慶の所に、行こうとしたの!」

「僕、の所…ですか?」

「うん!」

大きく頷き、当初の目的を果たそうと手元を見る。



――― そこにあるのは、さっきより少し温かくなった弁慶の…手



「にゃーーーっ!?」

さん?」



ど、ど、ど、何処にやったのあたし!?
折角綺麗に包んだのに!!




弁慶の手を離し、慌てて周囲に視線を走らせる。
その動作を見て、抱きしめていた手を解いてくれた弁慶に背を向け、自分の背後を確認すると…

「あったーーーーーーっ!!」

弁慶の誕生日プレゼントを、見事後方に落としておりました。

別に地面に落としたわけじゃないし、土がついてる訳でもないんだけど、袋をパンパンと軽く手ではたいてから、改めて向き直りそれを差し出す。

「お誕生日おめでとう!」

「…さん」

「誕生日にお祝いは一番に伝えたし、弁慶はそれで充分っていつも言ってくれるけど…でも、やっぱり何か形に残るものが渡したかったの」

それが、自分の気持ちを押し付けるものだっていうのは分かってる。
でも、それでもやっぱり弁慶に何か目に見える形でお祝いを渡したかった。
何処にいても、どんな時も、傍にいるのを感じて貰えるように。

「だから、あの…これっ!!

更にずずいっと前に差し出すと、弁慶が少し驚いた顔をしつつも笑顔で受け取ってくれた。

「ありがとうございます。開けても構いませんか?」

勿論!の意味を込めて、うんうんと頷く。
丁寧に包装を開いて中身を取り出すと、それを手のひらに乗せた。

「…組紐、ですか?」

「う、うん。一応、手作り…」

もじもじと手持ち無沙汰のように指を動かし、時折弁慶に視線を向ける。

「あの、ほら、弁慶の髪を結ぶ紐。それならいつも弁慶の傍に、というか、一緒にいられるなって…」

「…」

「だから、朔と景時さんに教えて貰って…それでもちょっと歪んだりしてるけど、でもそれが一番綺麗に出来たやつで…」

「…」

しどろもどろ話していても、組紐を手にした弁慶はそれをじっと見つめたまま微動だにしない。



うわぁぁぁ…無言っ!
弁慶無言だよっ!!
やっぱ手作りはダメだった!?
それとも色の組み合わせがダメ!?




沈黙に耐え切れなくなって俯き気味になって来たあたしの頬に手が添えられ、自然と顔が上を向く。

「…ありがとうございます」

「…」

「こんなに温かな、嬉しい贈物は初めてですよ」

「ほ、本当?」

「えぇ…」

頬に添えられていた手が外され、そのまま弁慶が結んでいた髪を解く。
はらりと広がる金糸のような黄金色の柔らかな髪。
それをひとつにまとめ、あたしがあげた組紐で結ぶ。

「如何ですか?」

幾重にも結んだ緑を基調とした組紐。
それが、弁慶の髪の色を落ち着かせるかのように添えられている。

「…綺麗」

あげたプレゼントを、弁慶が使ってくれた。
ただ、それだけの事なのに、涙が出そうなほど嬉しい。

潤む目元を弁慶が指で拭い、微笑みながらそっと抱きしめてくれる。

「おかしな人ですね。泣きたいぐらい嬉しいのは僕の方なのに」

「弁慶は泣いたりしないから、代わりに泣いてるんだもん」

「ふふ、ではその涙を乾かすのは僕の役目ですね。」



少し遅れてしまったけれど、お誕生日おめでとう
貴方が、この世に生まれてくれたこと
そして、こうして出会って、側にいてくれる奇跡に…感謝します










オマケ

「先日はさんへ見事な手ほどきをしてくれたようですね」

「あ、あのね、弁慶!ちゃんとその場には朔もいて…」

「えぇ、勿論朔殿にもお話は伺っていますよ。ですが、一時席を外されたそうですね」

「そ、それは望美ちゃんが朔を呼んだから…」

「ですが、一時…彼女と二人きりでいた事に変わりはありませんよね?」

「あ、あはははは………そ、そうだね…」

「いい度胸です」





「ごめんなさい、兄上…私、嘘はつけないの」

「ごめんね、朔。私が呼んじゃったから景時さん、大変な事に…」

「いいのよ、望美。貴方は何も悪くないわ。ただ、兄上の要領が悪いだけなのよ」

「…う〜ん」

「私が席を外す時、一緒に席を外せば良かったのに…あの子と二人きりで、弁慶殿が怒らないはずないでしょう?」

「そうだねぇ…でも、あれほどとは思ってなかったなぁ…」

「随分と愛されているのね」

「本当にね」

二人が視線を向ける襖の向こうでは、終始笑顔を貼り付けた弁慶と、顔面蒼白の景時がいたとかいないとか?





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★ Happy Birthday ★

武蔵坊弁慶

2008年の弁慶のお誕生日話です。
弁慶のお誕生日に何かやりたいと思い続けて、早何年(苦笑)
結局何も出来ないので、小話だけは日記で書いたりしてたんですよね。
という訳で、掘り出してサルベージしてみました(笑)

確かこの時は弁慶の誕生日に私、体調崩してたんですよね。
だから話が、前後編…というか、誕生日当日と後日って感じになっているのです。
何年もお祝い出来なかったってのは、一応ほら、これ、話的には望美ちゃんよりも前に熊野にっていうか、京に流れてきてますので。
何度か弁慶の誕生日を通過しているのですよ、うん(とってつけたような説明だな(苦笑))
弁慶の誕生日話なのに、一番好き(と書いて面白い)なのは哀れな景時さんっていうよくわからないオチ(笑)